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大阪高等裁判所 平成4年(ラ)132号 決定 1992年6月11日

③事件

(ラ)第一三一号事件抗告人(被告)

右代表者法務大臣

田原隆

(ラ)第一三一号事件抗告人(被告)

熊本県

右代表者知事

福島譲二

右両名指定代理人

赤西芳文ほか

(ラ)第一三二号事件抗告人

熊本県知事

福島譲二

右指定代理人

志賀能典

(ラ)第一三一号、(ラ)第一三二号事件相手方(原告)

岩本愛子ほか(相手方目録のとおり)

右代理人弁護士

松本健男ほか

主文

一  本件抗告をいずれも棄却する。

二  抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

第一申立の趣旨及び理由

抗告人らは「原決定中、熊本県知事に対し別紙(一)文書目録記載の各文書の提出を命じた部分を取り消す。相手方らの熊本県知事に対する別紙(一)文書目録記載の各文書の提出を求める申立を却下する。」との裁判を求め、その理由として抗告人国及び熊本県は別紙(二)即時抗告理由書のとおり、抗告人熊本県知事は別紙(三)即時抗告理由書のとおり、また相手方らは抗告理由に対する反論として別紙(四)のとおりそれぞれ述べた。

第二当裁判所の判断

一当裁判所も別紙(一)文書目録記載の各文書(以下本件文書という)は民訴法三一二条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」されたいわゆる利益文書に該当し、一方文書の所持者である熊本県知事はその提出義務を負うものと判断する。その理由は次のとおり訂正、付加するほか、原決定の理由説示(原決定一枚目裏三行目から同二枚目裏一行目まで及び原決定三枚目表五行目から九枚目表八行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原決定五枚目表六行目の「本件局長通知」を「本件通知」と、同枚目裏五行目の「ことにあり、」を「ことにある。」とそれぞれ改める。

2  原決定五枚目裏五行目の「さらに」から同七行目の「否定できない。」まで及び原決定六枚目表五行目から同八行目までをそれぞれ削除する。

3  抗告理由に対する付加判断

(一) 抗告人らは、民訴法三一二条三号前段の利益文書の範囲について、挙証者の法的地位や権利関係を直接証明し又は基礎付ける文書に限らず、これを間接的に基礎付ける文書も含まれ、その作成目的も文書作成時における作成者の主観的意図だけでなく、文書作成の経緯、記載内容、作成義務の有無などを総合考慮して客観的に判断すべきものとする見解は、結果として挙証者の法的地位や権利関係を明確にし得る文書であれば、すべて文書提出命令の対象とするもので、文書の所持者に一般的な提出義務を認めることに帰し、現行法の立場に反すると主張する。しかし、複雑多様化した社会生活の中で多数の文書が作成され機能している現実を前提として考えるとき、文書提出義務の範囲をあまりに限定的に解することは、訴訟手続上真実発見に有用な文書の利用を必要以上に制限することになり相当でない。前記の見解は、間接的とはいえ挙証者の法的地位や権利関係と文書との法的な関連性を要求するほか、当該文書が挙証者の法的地位等を基礎付ける目的で作成されたと客観的に認められることをも要件としているのであり、しかもいわゆる内部文書に該当するものは除外するのであるから、文書所持者に無限定な一般的文書提出義務を認めることになるとはいえない。

(二) 抗告人らは、本件文書が内部文書であるとし、その根拠として(1)熊本県知事が水俣病り患の有無の判断を行うに際して諮問する熊本県公害健康被害認定審査会には検診録の内容を要約転記した「審査会資料」が提出され、検診録そのものは提出されない、また、(2)昭和四五年一月一六日付厚生省環境衛生局公害部庶務課長通知により整理保存が義務付けられるのは「医学的検査の結果」すなわち同通知別表に定める「精密視野検査、精密眼底検査、精密聴力検査、その他必要に応じて行う水銀量測定等の検査」の結果に止まるので、同通知によっては検診録全体についての作成、保存が法令上義務付けられていないと主張する。しかし、熊本県公害健康被害認定審査会に提出される審査会資料は、審査の便宜のため、認定申請者に対する検診の結果作成される検診録に基づきその内容を要約転記するものであるから、その記載は検診録の内容を忠実に要約再現するものでなければならず、審査会資料の内容に疑義があるときは原本とも言うべき検診録の記載がまず検討の対象になることは自明の理であり、実質的には検診録そのものが審査の資料とされている場合と同視すべきである。また、水俣病の認定審査に際して行われる医学的検査の内容について定める前記庶務課長通知の別表は、その記載から明らかな如くあくまで原則的な検査項目を例示的に定めたものに過ぎないのであり、類似疾患の鑑別のために他の検査をおこなった場合には、その検査結果も当然右通知に基づく医学的検査の結果となるのである。そして、右通知は「医学的検査の結果は、申請者の認定申請書等関係資料とともに整理保存すること」を定めており、これは正に検診録そのものの作成保存を義務付けたものに外ならない。いずれにしても、検診録は、公害健康被害の補償等に関する法律を根拠規定とする前記通知により作成保存を法的に義務付けられた文書であって、単なる内部文書に止まるものとはいえない。

(三) 抗告人らは、本件文書の提出を熊本県知事に義務付けることは、水俣病認定及び検診業務の適正かつ円滑な遂行を著しく困難にさせ、ひいては国の水俣病認定制度の存続自体を危うくすることにもなりかねず、公益を害するおそれがあるので、熊本県知事は本件文書の提出を拒絶すべき正当事由があると主張する。そして、記録によれば、これまで水俣病認定審査手続の運用上、原審認定の如き混乱や紛争が生じたことが認められ、検診録の公表によって抗告人らが指摘するような水俣病認定制度の運用の障害となるような混乱、紛争が再度生じるとの懸念が絶無とは言い難いけれども、本件に則して見る限り、抽象的な懸念に過ぎず、殊に本件文書の対象者である相手方らに対する認定審査についての行政処分が既になされていることからすれば、具体的な認定審査に影響を及ぼすような混乱、紛争が生じるとは考えられないから、本件文書の提出を義務付けることにより公益を害するおそれがあるとは認め難い。したがって、抗告人らの主張は失当である。

二よって、本件抗告はいずれも理由がないから、棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉田秀文 裁判官 弘重一明 裁判官 鏑木重明)

別紙相手方目録<省略>

別紙(一) 文書目録

一 熊本県知事が熊本県庁内に保管する岩本愛子、川元フミ子、岩本章、坂口邦男、淵上キミ、一司スエ子、岩本祐好、亡篠原蔀、亡簑田ソモ、亡簑田信義に対する水俣病認定手続において作成された検診録の原本、原本がない場合は認証ある謄本

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